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東京地方裁判所 平成11年(ワ)20771号 判決

原告 有限会社大和不動産

右代表者代表取締役 大河原章雄

右訴訟代理人弁護士 山本政敏

被告 大下敏

右訴訟代理人弁護士 三山裕三

同 市来陽一郎

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載二の建物を収去して別紙物件目録記載一の土地を明け渡せ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

主文と同じ

第二事案の概要

本件は、土地賃貸人である原告が、借地人である被告に対し、主位的に正当事由を具備した更新拒絶により、予備的に増改築制限特約違反を理由とする解除により、土地賃貸借契約が終了したと主張して、同土地上の建物の収去と同土地の明渡しを求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実である。)

1  別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)は、原告の所有である。

2  大河原房次郎は、昭和二五年一一月三日、同人を貸主、虎見澄枝を借主として、本件土地を次の条件で賃貸した。

<1> 期間 契約の日から二五年間

<2> 賃料 一か月当たり三六七円

毎月二八日限り当月分を持参して支払う。

<3> 建物を増改築するときは、書面により承諾を要する。

3  大河原房次郎は昭和二七年一月三日に死亡し、大河原幸作及び大河原貞子が賃貸人の地位を承継した。

4  幸作及び貞子は房次郎から約一万坪の土地を相続したが、これらの土地は、そのほとんどが貸地であり、借地人は約一二〇名であった(原告代表者)。

5  昭和三三年七月三〇日、賃借人を被告とし、虎見澄技を連帯保証人とする土地賃貸借契約證書が作成された。同證書上は、賃貸借期間は前契約と同じ昭和五〇年一一月二日までとされていた。

6  右賃貸借契約が昭和五〇年一一月二日に期限が到来したので、同月三日、次の条件で賃借人を被告名義とする更新が行われた(以下この賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)。

<1> 期間 昭和五〇年一一月三日から昭和七〇年(平成七年)一一月三日まで

<2> 賃料 一か月当たり一万三一五〇円とし、毎月末日までに当月分を持参して支払う。なお、賃料額は漸次改定され、平成七年七月一日以降は一か月四万〇一〇〇円となった。

<3> 建物を増改築するときは、賃貸人の書面による承諾を要する(以下この特約を「本件増改築制限特約」という。)。

<4> その他の特約事項

<ア> 数年間に限り、建物の増改築を認めるが、増改築によって期間の変更はせず、賃貸借の期間は従前のままとする。

<イ> 本契約の期間の延長はないものとする。

<ウ> 賃借人は更新料として四七万円を支払う。

(特約の<イ>について甲四)

7  昭和五七年六月二二日、本件土地の所有権は原告に帰属することになり、それに伴い本件土地の賃貸人の地位も原告が承継した。

8  被告は、大河原幸作に対し、昭和五七年五月二〇日付け「お願い状」と題する書面で、本件土地に設定されていた東京国税局長の差押登記の解除を要請した。そして、右差押登記は昭和五七年六月一一日に抹消された(抹消登記の日について甲一)。

被告は、昭和五七年七月に本件土地上にあった建物(以下「旧建物」という。)を取り壊し、昭和五八年一月に本件土地上に本件建物を新築し、昭和五八年二月二日受付で本件建物の保存登記を経由した(甲六、九)。

本件建物は二世帯住宅であり、虎見澄枝は同建物内の一世帯区画の一部で生活していたが、平成元年に死亡した。

9  原告は、平成一〇年三月四日付けの通告書により、被告に対し本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨を通知した(以下この通知を「本件更新拒絶の通知」という。)。

10  被告は、平成一〇年一一月から一二月にかけて本件建物の内装工事を行い、次いで平成一一年三月に外壁・屋根工事を行った(乙八から一三、被告。以下これらの工事を併せて「本件工事」ということがある。)。

原告は、被告に対し平成一一年三月五日付け書面で工事内容を明らかにするよう求めた。これに対し被告は、原告に対し同年三月一七日付け書面で、被告が行った改装は従前の借地権の範囲を逸脱するものではない軽微なものにすぎないので、その旨ご了解いただきたい旨の回答をした。

11  原告は被告に対し、平成一二年七月六日の本件口頭弁論期日において、本件増改築制限特約に対する違反を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

二  争点及び当事者の主張

本件訴訟の争点は、<1>平成一〇年三月四日付けの書面でされた更新拒絶の意思表示に正当事由があるか、<2>増改築制限特約違反を理由とする解除が有効か、という点にある。

争点に関する当事者双方の主張は、次の1、2に記載のとおりである。

1  原告の主張

(一) 昭和三三年ころ地代の値上げをめぐって大河原幸作と一部の借地人との間で対立が発生し、借地人の福沢俊三が借地人組合を結成した。虎見も福沢から組合加入を勧誘されていたところ、虎見から幸作に対し、福沢からの組合加入の勧誘を断る理由とするため、借地人の名義を大下敏(被告)にしてほしいとの申入れがあった。そこで幸作はこれを了承し、昭和三三年七月三〇日、福沢対策を目的として、賃借人を被告とする土地賃貸借契約證書を作成した。

(二) 昭和五〇年一一月二日、幸作及び貞子は、虎見及び被告と話し合い、前記「争いのない事実等」の6の内容で被告名義で更新が行われた。その際幸作は、今回の二〇年間の契約期間を超えて被告を賃借人とすることはできない旨申し伝え、「数年後の建替建築は認めるが、本契約期間の更新はないものとする。」との特約条項を挿入した。

(三) 昭和五七年五月、被告は幸作に対し、虎見と同居して面倒をみるため建替えをしたいが、住宅金融公庫の融資を受けるため、本件土地に設定されている東京国税局長の差押登記を解除してもらってほしいと懇請してきた。そこで原告は、東京国税局と折衝して差押登記の抹消をしてもらった。

(四) しかし、被告は本件建物を被告所有名義とし、建物を二世帯住宅として、虎見は一世帯区画の一部で生活していたが、平成元年には死亡した。被告は、叔母を利用して本件借地権を無償で自分のものにし、そのうえ嘘を言って建物建替えの承諾までさせたのであった。

(五) 本件賃貸借契約は平成七年一一月三日をもって期間が満了し、本件更新拒絶の通知にもかかわらず、被告は平成一〇年一一月初めころから翌平成一一年三月ころまでの間に本件工事を行った。原告が被告に対し工事内容を明らかにするよう求めたところ、被告は、改装は借地権の範囲を逸脱しない軽微なものにすぎないと回答してきた。しかし、実際には同工事は工事全体の費用が一〇七〇万五八〇〇円に達する、普通の住宅一戸分の工事に相当する改修工事であった。これを軽微な工事であるとする被告の態度は著しく不誠実である。

(六) このように、被告が嘘を言って原告を信用させ、借地権をただで取得することを企て、無償で建物の改築を実現したこと、今回の改装工事についての被告の不誠実な態度等にかんがみると、被告との信頼関係は失われたものというべきであるから、本件更新拒絶には正当事由がある。

(七) 仮に、更新拒絶の主張に理由がなく、本件賃貸借契約が法定更新されているとしても、本件賃貸借契約は、本件増改築制限特約違反を理由とする解除により終了したものというべきである。

すなわち、一般に増改築制限特約の趣旨は、増改築によって建物の耐用年数が延長され、借地権の存続期間に影響を及ぼすことを防止しようとすることにある。本件工事は、建物の耐用年数に大きく影響する工事であるから、右特約に従って事前に同意を得る必要がある。

2  被告の主張

(一) 被告の伯母(被告の母の姉)である虎見澄技は、一人暮らしで生活も苦しく、本件土地の賃料も含め生活面の面倒はすべて被告の父大下正男がみていた。賃料は実際には大下正男が負担しており、本件土地上の旧建物を被告に贈与しようという大下正男の意向もあって、昭和三三年に借地人名義を被告に変更したものである。大河原幸作は、被告名義にすることを了承したからこそ契約證書を取り交わしたのであって、その時点で被告が賃借人となったことは当然である。

(二) 昭和五〇年に賃貸借契約を更新することになり、同年一一月三日、大河原幸作と被告とが話し合って賃貸借契約を更新し、本件賃貸借契約を締結した。その際幸作は、数年後の建替えを認め、被告は同人に更新料及び建替承諾料として四七万円を支払った。このような経過からすると、仮に百歩譲って昭和三三年当時の名義変更が形式上のものにすぎなかったとしても、昭和五〇年の本件賃貸借契約により被告が賃借人となったことは疑う余地がない。

(三) 昭和五七年五月、被告は賃借人として大河原幸作に対し建物の建替えを要請し、かつ、「お願い状」により本件土地に設定されていた差押登記の解除を要請した。しかし、これは、賃貸人という強大な権限の前に、住宅金融公庫からの融資が必要であった被告が、書式・文面すべてについて言われるままに書面を提出したものにすぎない。

建物が老朽化したこと、八〇歳の虎見が病弱となり一人暮らしが無理になったこと、被告が同居しようとしたことは事実であって、二世帯住宅を建築した後平成元年に虎見が死亡するまでの約七年間、被告及びその妻の大下佳代子は献身的に虎見の面倒をみていたのである。この経過に関する原告の主張は、被告や妻大下佳代子に対する重大な侮辱である。

(四) 本件賃貸借契約は平成七年一一月に期間満了することになったが、原告は契約更新について更新料五八七万円という法外な金額を提示してきた。しかしその際、賃借人の名義に関する話は原告からは全くされていない。もし仮に、虎見こそが真の賃借人であると原告が考えていたのであれば、虎見が死亡した時点で相続人を確認するなどの何らかの行動をして当然であるが、原告は虎見死亡後も何らの行動もとらず、被告から賃料を受領し続けていたのである。今になってこのような主張をするのは、禁反言の原則からも到底許されるものではない。

(五) 大河原幸作と被告とは極めて平穏な関係であったが、平成七年の更新の際大河原幸作の二男善雄が極めて不誠実な態度をとり、更新料の問題を処理できなくなったことが本件の契機になっているにすぎない。本件の真相は、原告の法外な更新料の請求に被告が応じなかったことから、原告に対し法外な更新料を支払っているであろう他の一部の賃借人らへの影響等を懸念した原告が、本件訴訟に及んでいるものであって、原告は、本件訴訟を少しでも有利に進めるため、更新拒絶の正当事由を形づけるために、過去に言い出したこともない借地権の承継問題を、さも重大な問題であるかのようにことさら主張しているだけのことである。

そもそも、借地契約の更新に際し賃借人が更新料を支払う法律上の義務はなく、事実たる慣習として認められているわけでもない。しかしながら、被告としても、平成七年の更新に関し若干の是認しうる更新料を支払うことにはやぶさかではなく、本件の真の争点はまさにこの額をいくらにするかの一点に尽きるといえる。

(六) 平成一〇年一一月に被告は、本件建物の内装工事を実施したが、その内容は、和室を洋室にし、本棚をつけ、壁を張り替え、一つの風呂場を洗面所に変え、システムキッチンを交換したりしたものにすぎず、建物の構造や強度を変更するものではない。したがって、同工事は土地の利用状況にも何ら影響を及ぼさない。また、平成一一年三月ころには、被告は本件建物の外装工事を実施したが、これも外壁の塗替えと屋根の葺替えにとどまるものである。

いずれにしても、これらの工事は契約解除が認められるような改装には当たらず、また、更新拒絶の正当事由を根拠づけるものでもない。

第三当裁判所の判断

一  更新拒絶における正当事由の有無(争点<1>)について

1  前記「争いのない事実等」に証拠(甲一から六、八、九、一一、乙三の1、2、四、一四から一八、原告代表者、被告)と弁論の全趣旨を併せると、次の事実を認めることができる。

(一) 昭和三三年ころ、地代の値上げをめぐって大河原幸作と一部の借地人との間で対立が発生し、借地人の福沢俊三が借地人組合を結成した。虎見も福沢から組合加入を勧誘されていたが、虎見は福沢からの誘いを嫌い、大河原幸作に対し、自分は借地人でなくなったとして福沢の勧誘を断りたいので、借地人の名義を甥である被告名義にしてほしいと希望してきた(虎見には、夫も子もなかった。)。そこで幸作はこれを了承し、昭和三三年七月三〇日、福沢対策を目的として、借地人を被告、虎見を連帯保証人とし、賃貸借期間を前契約の期限である昭和五〇年一一月二日とする土地賃貸借契約證書を作成した。当時、幸作らは、借地権が譲渡された場合には、名義書換承諾料(譲渡承諾料)を収受する統一的な扱いをしていたが、右契約證書が実質を伴わない外形を作るだけのものであったことから、同契約證書作成に関し被告・虎見側から名義書換承諾料が幸作側に支払われたことはなかった。

(二) この契約證書が作成された後も、被告が虎見と同居することもなく、賃料も従前と同様に虎見から幸作側に支払われ、外形的な賃貸借の状況には全く変化はなかった。ただし、旧建物について、契約證書が作成された翌日である昭和三三年七月三一日受付で、同日売買を原因として被告に対し所有権移転登記が行われた。

(三) 昭和五〇年一一月に右契約證書の期限が到来したので、大河原幸作と被告との間で話合いが持たれ、更新料及び建替承諾料の趣旨の金員が授受されたうえ、昭和五〇年一一月三日付けで賃借人を被告名義とする土地賃貸借契約書(甲四)が取り交わされて更新がなされた。

同契約書には、特約事項として「数年後の建替建築は認めるが、本契約期間の延長はないものとする。」という条項が記載された。大河原幸作側は、賃借人名義を被告にした経緯、特に名義書換承諾料を受領していないことから、被告名義での更新は今回が最後で、次回の更新の際には被告名義での更新は認められないという趣旨を伝えてこの特約条項を入れるよう求め、被告もこれに同意したので、特約として契約書に書き込まれた。なお、原告は、右更新の際には旧建物の所有名義が被告に移転していることを知っていた。

(四) 昭和五七年六月、本件土地の所有権は原告に帰属することになり、それに伴い本件土地の賃貸人の地位も原告が承継した。原告は、大河原幸作及び貞子が相続した多数の不動産を管理するための会社であり、幸作の一族がこれを支配し経営している(原告代表者の大河原章雄は、幸作の子である。)。原告と大河原幸作・貞子との間の賃貸借関係はすべてそのまま原告に引き継がれ、被告を含む関係者間では、不動産賃貸借関係においては大河原幸作・貞子と原告とは同一人格と認識されている。

(五) 昭和五七年五月、被告は幸作に対し、病弱で一人暮らしができない虎見と同居して面倒をみるため建替えをしたいが、本件土地に差押登記がされたままでは融資を受けられないとして、東京国税局長の差押登記を解除してもらってほしい旨要請したので、幸作は東京国税局と折衝して、差押登記の抹消を得た。そこで被告は、昭和五七年七月に旧建物を取り壊し、その後昭和五八年一月に本件土地上に本件建物を新築し、昭和五八年二月二日受付で本件建物の保存登記を経由した。そして、建物完成とともに、被告の家族が本件建物に同居して高齢の虎見の世話をするようになった。本件建物は二世帯住宅として建築され、虎見澄枝は同建物内の一階で生活していたが、平成元年に死亡した。

(六) 虎見の死亡によって、本件建物には被告の家族だけが生活するようになった。原告は、虎見の死亡を間もなく知ったが、契約名義の点は本件賃貸借契約の期限が到来した時に処理すればよいと考え、特段の行動を起こさなかった。

(七) 平成七年一一月三日に本件賃貸借契約の期限が到来することになり、原告と被告との間で期限の前後を通じ更新料について継続して交渉が行われた。原告は、名義書換承諾料の趣旨を含め「更新料」として五八七万円、後に四七〇万円を提案したが、被告は、純粋に更新料として額を考慮し、応諾できる額として一七〇万円を提案して、双方譲らず、原告は最終的に被告の平成一〇年二月二六日付け書面をもって妥結は不可能と判断し、同年三月四日付け書面で被告に対し本件更新拒絶の通知をした。なお、右の交渉の際、原告は、原告の提案する更新料の中に名義書換承諾料を含んでいることを明示しなかった。

2  そこで、右認定の事実に基づいて、正当事由の有無について検討する。

(一) まず、昭和三三年の賃借人を被告名義とする土地賃貸借契約證書は、前記認定のとおり、福沢対策のため単に契約書上の賃借人の名義だけを被告にしたものであったと認められる。

(二) しかし、昭和五〇年の更新時においては、その話合いは被告自身が行ったものであり、原告は旧建物の所有名義が既に被告に移転しているのを知っていた。また、昭和五〇年の時点においても福沢との関係で名義を被告にしておく必要があったとは認められない。そして原告は、虎見に配偶者や子がないことを承知していたものと推認され、また、被告が虎見の甥であり、旧建物の所有名義が被告に移転していたことなどから、原告において、行く行くは被告が虎見の地位を承継していく立場にあることも推測できたものと考えられる。更に、昭和五七年から昭和五八年にかけて本件建物を新築する際、被告が主導的にその手続を行い、被告が同居することを予定していたこと、借入れをして建物を建築する予定であったこと(借入の主体が被告であることは容易に推測できるものと考えられる。)に対し原告が特段の異議を述べたりしたことはないから、原告は被告が賃貸借関係の実質的な当事者になっていくこと自体は容認していたものと認めるのが相当である。

しかし反面、原告は、この更新に際し、昭和三三年に賃借人名義を被告にした際の経緯、特に名義書換承諾料を受領していなかったことから、被告名義の更新は今回が最後である旨を被告に伝え、被告もこれに同意してその趣旨が契約書の特約事項に記載されたものであるから、原告としては名義書換承諾料を支払ってもらうまでは、被告を完全な賃借人としては認めないとの立場をとっていたものと認められる。そして、土地賃貸人は、旧借地法九条の二所定の譲渡の承諾に代わる許可の手続によらなければ賃借権の譲渡を承諾することを強制されず、右の手続による場合でも経済的な反対給付を期待できるから、原告の右の立場は合理的なものとして保護されなければならない。

(三) 以上を前提に、平成七年一一月の期間満了に係る本件更新拒絶についてみるに、前記1に認定の事実によれば、原告は、名義書換承諾料の趣旨を含めて更新料の額を提案したが、被告は純粋に更新料のみとして額を提案し、額の開きが埋まらないまま交渉は決裂し、更新拒絶に至ったものであった。そして、右更新拒絶について正当事由がないとすれば、結果的に前記のような名義書換承諾料に係る合理的な原告の利益を否定することになるうえ、被告側についてみると、被告自身昭和三三年の被告名義の契約證書作成や昭和五〇年の更新の際の経緯を知っていたといわなければならないから、被告がこれを全く無視して自らが完全に正当な賃借人であるとして行動することを容認する結果となり、この点も信義則上問題があるといわなければならない。

しかし、原告側は自らが提案していた「更新料」に名義書換承諾料を含んでいることを明らかにしていなかったから、本件訴訟において正当事由があったとの結論をとれば被告に対し不意打ちになるおそれがあり、また、昭和五八年以降被告は実質的な賃借人として行動してきており、そのこと自体は原告も容認してきたと認められるから、そのような長い期間の平穏な法律状態は保護されなければならない。

以上の双方の事情を彼此対比するならば、名義書換承諾料が支払われていないという一点で正当事由があるとすることは均衡を欠く結果となるといわざるをえず、なお躊躇せざるをえない。よって、原告の本件更新拒絶には正当事由はなく、本件賃貸借契約は平成七年一一月三日の経過により法定更新されたというべきである。

(四) 原告は、被告が嘘を言って原告を信用させ、借地権をただで取得することを企て、無償で建物の改築を実現したと主張している。しかし、被告が明確な形で借地権譲渡の承諾を得ておらず、名義書換承諾料が支払われていない点を除いては、原告の右主張を採用することはできない。また原告は、本件工事の点をも正当事由を基礎づける事実として主張しているが、本件工事が行われたのは本件賃貸借契約が法定更新された後のことであるから、この点を正当事由の判断の基礎にすることはできない。

二  増改築制限特約違反を理由とする解除の効力(争点<2>)について

1  前記「争いのない事実等」に証拠(甲六、七、一〇、一一、一二の1から4、乙八から一三、原告代表者、被告)を併せると、次の事実が認められる。

(一) 被告は、平成一〇年一一月から一二月にかけて本件建物の一階部分の内装の改装工事を行った。この工事は、当時別居していた被告の息子一家(息子、妻及び両者の子)が本件建物に同居することになったことを受けて、もともと虎見のために和室中心になっていた一階部分の間取りを、息子一家のライフスタイルに合わせた形(リビングダイニング、子供部屋、寝室等)に造り直し、浴室を洗面所に改造し、全面的に建具を新しく設置し、内装を施し、電気設備工事、給排水工事、ガス工事をし直し、台所にシステムキッチンを入れるなどしたものであった。そして、見積書(乙一〇から一二)による工事費は、合計で七八八万一三〇〇円であった。工事に当たっては、外壁及び基本的な構造部分は動かさず、したがって、一階の床面積には変更がなかった。

(二) 次いで被告は、平成一一年三月に屋根葺替工事と外壁工事とを行った。屋根葺替工事は、古い瓦をはがし、屋根勾配を修正したうえ、新しい瓦に葺き替えるもので、外壁工事は、クラックの補修をするとともに、新たに塗料を吹き付ける工事を行ったものであった。見積書(乙一三)によれば、両工事の費用は合計で二八二万四五〇〇円であった。

(三) 以上の工事は、屋根・外壁の基本的な部分、構造部分及び二階の内部を残し、一階内部を、給排水、ガス設備等も含めて完全に造り直し、屋根を葺き替え、外壁の補修をするとともに全体の塗装をやり直してリニューアルしたものということができる。一階部分の床面積は、七六・〇四平方メートル(約二三坪)であり、屋根・外壁部分の工事費用の半分(一四一万二二五〇円)は機能的に一階関連の工事とみなすことができるから、一階の改装費用との合計費用九二九万三五五〇円について一階の工事費用の坪単価を算出すると、約四〇万四〇〇〇円となる。

(四) 原告は、被告が本件工事を始めたことを知り、平成一一年三月五日付け書面で、被告との賃貸借契約は更新契約が締結されないままになっているところ、被告が平成一〇年一一月初めから行っている工事は、どのようなものであるのか明らかではないので、工事の内容を書面で開示してほしいとの要請を行った。

これに対し、被告は、原告との賃貸借契約は借地法により自動更新されており、また被告が行った改装も、従前の借地権の範囲を逸脱するものではない軽微なものにすぎないから、その旨ご了解いただきたいとの回答をしたにすぎなかった。

2  そこで、右認定の事実に基づき、本件工事が本件増改築制限特約に違反するものかどうかについて検討する。

(一) 前示のとおり、原告と被告との間の本件賃貸借契約は、平成一一年一一月三日の経過をもって旧借地法六条の規定により法定更新されたものであるが、更新前の本件賃貸借契約において合意されていた本件増改築制限特約は、右法定更新後も当事者間の契約内容として存続していたものと認められる。

本件増改築制限特約は、賃借人が本件土地上に所有する建物を改築又は増築するときは、事前に賃貸人の書面による承諾を受けなければならないとするものであり、賃借人がこの特約に違反したときは、賃貸人は催告をしないで賃貸借契約を解除することができるとされている(甲四の土地賃貸借契約書五条)。建物の通常の用法に従った維持保存に必要な程度の修繕は、本件増改築制限特約にいう増改築には該当しないというべきであるが、前記1に認定した事実によれば、本件工事は右の意味での維持保全の程度をはるかに超えたものというべきである。したがって、外形的には本件工事は本件増改築制限特約にいう「改築」に該当する。

(二) しかるところ、本件増改築制限特約のような特約があっても、増改築が借地人の土地の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、借地人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人は右特約に基づき解除権を行使することはできない(最高裁昭和四一年四月二一日第一小法廷判決・民集二〇巻四号七二〇頁参照)。

これを本件についてみるに、もともと本件工事前の本件建物は二世帯住宅用建物であったのであり、これを新たに同居する息子世帯のために改造することは、土地の通常の利用上不相当なものということはできない。また、屋根及び外壁のリニューアルが、それ自体土地の通常の利用上不相当なものということもできない。

しかし、工事の内容は、屋根・外壁の基本的な部分、構造部分及び二階の内部を除いて、一階部分を大改造するとともに建物の外側部分(屋根及び外壁)をリニューアルしたものであった。特に一階部分の改造は、その具体的な内容と費用(坪単価約四〇万四〇〇〇円)とに照らすと、一階部分を全面的に造り直したに等しいものと評価することができる。そして、このような工事により、本件建物の耐用年数は大幅に延びたものと推認される。したがって、この点において、本件工事は賃貸人である原告の権利に相当の影響を及ぼすものであったというべきである。

更に、原告が工事内容の開示を求めたのに対し、被告は何ら内容を説明することなく「軽微」なものであるから了解されたい旨回答したにすぎなかった。しかし、本件工事が軽微なものといえないことは明らかであり、それが賃貸人の権利内容に相当の影響を及ぼすものである以上、本件増改築制限特約に内在する信義則上、被告にはその内容を開示し原告の了解を得る努力をする必要があったというべきである。もっとも、当時原告と被告とは更新料をめぐって対立関係にあったから、結果的に話合いがつかなかった可能性が高いが、そのような対立関係にあった責任が原告だけに帰するものではなく、かつ、原告の要請は本件賃貸借契約の内容をなす本件増改築制限条項に基づく開示要請であったから、被告が右のような対応をとったことは、なお不誠実なものであり、原告との契約内容をないがしろにして自己の都合のみを優先させたとの批判を免れない。

加えて、本件においては、従来の経緯から、名義書換承諾料の支払を受けるまでは被告は完全な賃借人ではないとの原告の立場も合理的なものであったというべきところ、本件工事における被告の対応は、従来の経緯を知りながら原告の立場を全く否定するものであり、信頼関係をさらに毀損するものと評価せざるをえない。

そして、本件工事を右特約における改築に該当しないとする場合には、結果的に土地賃貸人としての原告の利益を不相応に犠牲にする結果になるものと評価すべきである。

以上の諸点を併せ考慮するならば、本件工事については、「土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、借地人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない」事情があるということはできない。よって、原告は、本件増改築制限特約違反を理由に、被告との間の本件賃貸借契約を解除することができるというべきである。

第四結論

以上の次第で、本件賃貸借契約は、本件増改築制限特約違反を理由とする解除により終了したものというべきである。

よって、原告の請求は理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩田好二)

(別紙) 物件目録

一 所在 東京都杉並区高円寺南五丁目

地番 五五四番二

地目 宅地

地積 三一八・五四平方メートル

右の土地のうち、別紙図面の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(イ)の各点を順次結ぶ直線内の土地一五五・三八平方メートル

二 所在 杉並区高円寺南五丁目五五四番地二

家屋番号 五五四番二の四

種類 居宅 教室

構造 木造スレート葺二階建

床面積 一階 七六・〇四平方メートル

二階 八九・八四平方メートル

以上

図面<省略>

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